「時の記念日」の6月10日、「我が国時刻制度発祥の地」とされる近江神宮では、【令和6年度漏刻祭】を斎行。

671年6月10日(太陽暦)、天智天皇により近江大津宮に漏刻(水時計)が設けられ、我が国の時刻制度が始まったとされている。そして大正9年にはこの事績を記念し、「時の記念日」として制定された。

大津宮旧跡に天智天皇を祀る近江神宮では、毎年この日に【漏刻祭】を斎行し時の祖神に感謝を捧げている。

今年の漏刻祭は、大阪時計宝飾眼鏡商業協同組合(大阪府時計高等職業訓練校)が奉仕を担当。古式官職による陰陽頭(同校徳千代雅明講師)、陰陽介(同大塚雅巳講師)、漏刻博士(同佐々木健講師)の各所役が立ち、またそれらに仕える4人の采女にはびわ湖大津観光大使、近江時計眼鏡宝飾専門学校の生徒らがあたった。

午前11時、厳かな雰囲気の中修祓に始まる一連の儀礼が進み、近江神宮網谷道弘宮司が祝詞を奏上すると、漏刻博士とそれに続く采女が、各時計メーカーより献納された本年度の最新モデル(目録)を神前に供えた。

その後陰陽頭が神賀詞(しんがし)を奏し、陰陽介がたたえ歌を奉唱した。

恒例の原笙会による舞楽では、平安時代に皇太子を定める儀式の時に吉例として奏せられた「春庭花」が奉納された。

宮司の閉扉により祭典を滞りなく終了すると、最後は網谷宮司が挨拶に立ち「時間というものは大変難しく、一瞬一瞬が過ぎ去ってしまう。神道に中今(なかいま)という言葉がある。これには2つの意味があり、1つは、今という一瞬一瞬を一生懸命生きることが大切で、その積み重ねによって日々の生活が充実する、というもの。もう1つは、今我々が生かされているのは両親のお陰で、その両親にはさらに両親がいる。十代遡ると先祖の数が1024人、20代遡ると100万人を超える。こういう多くの命の流れの上に現在の我々が生かされている。この命の流れを子々孫々伝えていくことが中今の精神。今日のこの時の記念日に際して、どうか皆様方も、この時を大切にするという精神について再度お考えいただけるとありがたい」と述べて式典を締め括った。

終了後には、「第61回技能五輪全国大会」金賞受賞者の川上健太さん(シチズン時計マニュファクチュアリングミヨタ佐久工場)の披露、「時を守る標語」表彰式、「時を守る」クイズ正解者の抽選が和やかに行われた。